雑誌インタビュー・執筆情報
メディカルクオール 2002.6 No.91
21世紀の診療所医療のアウトライン
病院で起こることは診療所でも起こり得る
![]() | リスクマネジメントを導入したクリニック 医療法人健心会えんどうクリニック 病院と診療所には機能分化が求められている。 しかし、提供する医療の安全性が規模の大小に影響されてはならない。 「病院で必要なことなら」とリスクマネジメントを導入した有床診療所がある。 少ない人員であえてその体制作りにチャレンジすることの根本的な目的は、対患者の絶対的な信頼関係の構築だ。 今回は医療法人健心会えんどうクリニックを紹介する。 |
大病院林立の激戦地区での開業 斬新な外観と職員教育を充実
病院で起こることというのは、当然、診療所でも起こり得ることであるわけですから」医療法人健心会えんどうクリニックの遠藤剛院長は、リスクマネジメントに取り組みはじめた動機をこう語る。極めてシンプルな表現であり、当たり前のことであるようにも聞こえる。
しかし、実際にリスクマネジメントに取り組む診療所の名前はほとんど聞いたことがない。
もちろん、全国に約9000ある病院ですら、リスクマネジメントを導入しているのは一割にも満たないだろう。
導入した病院の場合でも多くは訴訟対策であり、「未然防止」というリスクマネジメントの本義を実践する病院はさらに限られる。ましてや規模の小さい診療所でそれを実践するには大きな困難があるのも確かだろう。
しかし、遠藤院長の言う通り、病院で起こることは診療所でも起こり得る。
規模の大小は、医療の安全性を確保しないことの言い訳にはならない。
ことに有床診療所となれば、患者にとっては病院と同義に認識されているだろう。
規模の大小が安全性、信頼性に影響を与え得るという先入観を患者に抱かせることは、医療機関の望むところではないはずだ。「同じ医療機関としてやるべきことは同じ」というえんどうクリニックのスタンスは、医療の本義を追求する、他の試みにも随所に現われている。
えんどうクリニックは、平成6年11月に、遠藤院長の生まれ育った福島県会津若松市で10床の有床診療所として開業した。
標傍は外科、胃腸科、肛門科。特に遠藤院長が竹田総合病院での勤務時から力を入れてきた大腸・肛門の治療と消化器内視鏡をメインに据えた診療スタイルを前面に出している。
「立地としては、大激戦区だと思いますよ。1200床の竹田総合病院、500床の会津総合病院、900床の会津中央病院などをはじめ、市内だけで10病院、開業医も80軒あります。
全国有数の医療過密地帯といっていいのではないでしょうか」(遠藤院長)
その激戦区で勝ち抜くために、遠藤院長はまず、自らが提供する医療の新しさをクリニックの外観でアピールした。
平屋の建物はコンクリートの打ちっ放し。
医療機関としては異形だ。しかし、確かに目を引く。
斬新さを求めて、遠藤院長自らがデザインのアイディアを出したのだという。
開業して当然ではあるが、最初は経営的にも苦しい状態が続いた。
しかし、徐々に好転し、患者が着実に増えていった。
守備範囲の広い科であったことと、手術のできる外科開業医が周辺に少なかったこと、胃腸科・肛門科としての専門性が高かったことなどが相まって、ロコミで評判が広まったのだという。
つまりは地域に必要とされる要素をしっかりと認識し、それを提供していたということだろう。
現在は、1日平均外来数120人、新患は年間3500人、10床の病床は三カ月の予約待ち状態で増床を検討しているという。
「開業時から15名のスタッフを抱えていますから、当初の経営は厳しいものがありました。
しかし、すべてはそのスタッフが努力してくれたおかげで現在の状況があるのだと思います」(遠藤院長)
遠藤院長は自院の経営、運営を一艘の船にたとえる。
院長がコックスで、看護婦、薬剤師、栄養士、事務の四部門がそれぞれオールを一本ずつもつ。
コックスのかけ声で四つのオールが動く。責任の重さは同じだ。
そうでなければ船はまっすぐ前には進まない。
クリニック運営においても、一人の患者に対するサポートにおいても、この姿勢を貫いてきた。
そうした遠藤院長のかけ声にスタッフも応えてくれたのだという。
「でも、簡単に行き届くものでもありません。
そういう意味では、スタッフ教育にはずっと力を入れ続けています。
毎朝8時から30分間の朝礼を行い、申し送りをするとともに問題点の話し合いを行います。
2週に一度の合同カンファレンスでは、それぞれの職員が自分の感じたことをぶつけ合い、同じく2週に一度の勉強会で私が職員個々に与えたテーマについて発表してもらっています」(遠藤院長)
独自の事故防止マニュアルを作成 危機感が生むさまざまなアイディア
こうした話し合いや勉強する場になじんできたからこそ、職員に向上心が芽生え、リスクマネジメントの導入に踏み切ることができたのだろう。リスクマネジメントの実践には職種を越えた共同作業・認識の共有が不可欠だ。
さらに加えれば、そのために必要なのは学習に努力する風土だろう。
開業して七年のうちに遠藤院長が自院にその風土を育てた。
そして、昨年七月、カンファレンスを開き、リスクマネジメント導入の第一歩がはじまった。
「まず、『人間はミスを犯す生き物だ』というリスクマネジメント導入の必要性を話し、その意義を認識してもらいました。
そのうえでリスクマネジメント委員会を発足させたのです」(遠藤院長)
リスクマネジメント委員会の発足からはじめるというのは、導入の定型的な手段だ。
遠藤院長自身、先進的な病院の取り組みを勉強し、自院にどのように取り入れるのかを考えた末の結論だろう。
しかし、ここからが同クリニックらしいというか、遠藤院長らしい。
オリジナルの事故防止マニュアルを作るために動き出したのだ。
「カンファレンスで起こり得る事故を七項目に分け、それを看護婦一人ひとりにそれぞれ一項目ずつ担当させ、まとめてもらいました。さらにそれを数度のカンファレンスで意見交換し、マニュアルを作成したのです」(遠藤院長)
マニュアルとしてまとめられたのは、次の七項目。
・輸液事故 ・麻酔事故 ・注射事故 ・検査事故 ・院内感染 ・与薬事故 ・患者誤認
たとえば、もっともシンプルなものでは検査事故に関して、〈表〉のようなマニュアルが作成された。
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確認と説明に重点が置かれ、システムとしてこれらをしっかりとやっていこうという姿勢がよくわかる。
さらに、この検査事故マニユアルには付録として「内視鏡の洗浄法」がマニュアル化されている。
器具ごとに手順や使用薬剤などが詳細に記され、素人目にもわかりやすい。
慣れによる思い上がりが事故を招く。初歩の初歩を再確認させるこのマニュアルの意義は大きい。
「実際、マニュアル作成の過程が職員教育に役立ったという実感はあります」(遠藤院長)
インシデント・レポートも取り入れた。
マニュアルが作成されてから日が浅く、リスクマネジメントも動き出したばかりだが、すでに数枚のレポートが提出されている。これらも分析しながら、この春にはもう一度マニユアルを見直す予定だという。
「あとは患者さんへの認知ですね。
『えんどうクリニックでは事故防止にも積極的に取り組んでいるらしい』ということを地域の人たちに知ってもらいたいと思っています」(遠藤院長)
積極的な取り組みは患者の信頼獲得にもつながる。
遠藤院長がそれにこだわるのは、これからの医療変革時代への危機感からだ。
三カ月の入院予約待ち、一日に120人の外来を集める人気クリニックでありながら、「一寸先は闇」と認識している。
「ですから、スペシャリティとプライマリケアにはこだわらなければいけないと思っているんです」(遠藤院長)
確かに診療所でのリスクマネジメントもスペシャリティだ。
個別相談による便秘外来が好評。新聞、掲示など積極的な情報発信
リスクマネジメント以外にも、えんどうクリニックは誇るべきスペシャリティにこと欠かない。たとえば、便秘外来だ。
特殊専門外来は医療経営の活性化手法として認知されはじめているが、実際の現場ではなかなか発想が生まれてこない。
同クリニックは、院長の大腸・肛門科専門医としての経験とノウハウを活かし、便秘外来をはじめた。
カンファレンスルームで個別相談として受け付け、話し合い、原因を突き止める。
そして、回復法を指導するのである。
「便秘というのは日常的なものであるだけに、皆さん我慢してしまいがちです。
しかし、病気と同じように苦しんでいるのは確かで、そこには大体において確実に原因があります。
医療には検査も大切ですが、当然、話を聞いてあげることも大事な医療ですし、ちょっとした生活改善の指導も大切なことです。
特に便秘というのはストレスから来ている場合も往々にしてありますから」(遠藤院長)
この便秘外来というスペシャリティの誕生は、実は遠藤院長が大事にするもう一つの要素、プライマリケアとも密接に関係している。
便秘治療そのものがプライマリケアでもあると解釈もできるが、この個別相談というスタイルは同クリニックで二週に一度行われている健康相談会から生まれてきたものだ。
「健康相談会のほうではどんな症状に関しても話を聞くことにしています。
こちらも診察室ではなくカンファレンスルームを使用しているのですが、ほかの人がいるといえないようなことも私と二人きりだという安心感から話してもらえているように感じます」(遠藤院長)
患者と医師の一対一の人間関係確立はプライマリケアの第一歩だ。
だからこそ、遠藤院長は患者との接し方にさまざまな工夫を凝らす。
待合室には壁面を最大限に利用して積極的な掲示を行っている。
医療情報や自院の診療方針・特徴、紹介記事など多彩な内容だ。
外来と入院では患者に必要な情報が異なるという理由から、それぞれの待合室の掲示情報の特徴に差をつけている。
さらに昨年から「まごころ医院新聞」を発行しはじめた。
「どれも目的は同じで、情報を積極的に公開、提供していくことで当クリニックの医療を理解してもらいたいということです。
同時にわれわれの人間性をみせていくということでもあります。
医療というものは人間同士のふれあいで成り立っていることが根本です。
当院では、退院患者さんには、職員全員のメッセージが書かれた色紙をプレゼントしています。
治療が終わればおしまいというのでは寂しいじゃないですか」(遠藤院長)
そんな遠藤院長らしい趣味が一つだけある。
開業以来ほぼ無休で働いてきたため、趣味をもつ暇もなかった。
10年前、はじめて書いた川柳を朝日新聞に投稿したところ、掲載された。
以来、川柳の魅力にはまり、最近は医療専門誌の川柳コーナーで選者を任されるほどだ。
「趣味というのは眉間にしわを寄せてやるものではないと思っています。
だから、思ったことを詠むだけですよ。
患者さんは、というよりも人間自身が川柳の宝庫ですね」(遠藤院長)
最後に、朝日新聞に掲載され、遠藤院長が川柳にはまるきっかけとなった処女句を紹介しよう。
聴診器心の音も聞いてやり
この一句にえんどうクリニックで実践されている医療のすべてが凝縮されている。







