雑誌インタビュー・執筆情報
Shering Letter 2000.11 Vol.35
情報提供は患者教育の一環
院内掲示板を活用し、患者の理解を深める
国民の医療への関心が高まる中で、ともすれば"おまかせ医療"と批判されることが多かった医師と患者の関係も大きく変わろうとしています。 その根幹にはインフォームド・コンセント"の理念があることは間違いありませんが、より適切なインフォームド・コンセントを実践するためには、必要十分な情報提供によって、患者を正しい理解へと導いていくことが大切になります。 今回は積極的な情報提供により、“患者さんにわかりやすい医療"を実践する、医療法人健心会・えんどうクリニック(福島県会津若松市)の事例を紹介しましょう。 |
患者にとってより身近な医療を
福島県会津若松市の医療法人健心会・えんどうクリニック(10床)は、1000床規模の基幹病院が3施設、開業医院が約100軒という激戦区で、1日平均患者数が約120人と、地域住民から高い支持を受けているクリニックです。標傍科目は、外科、胃腸科、肛門科ですが、特に胃・大腸内視鏡や痔疾患の日帰り手術などに強みを発揮しており、他院からの紹介患者も外来患者の2割程度を占めると言います。
そんな同院の大きな特長となっているのが、積極的な情報提供への取り組みです。同院を訪れてまず驚かされるのは、待合室の壁一面に掲示された医療や健康に関する掲示物の数々です。
特に各種疾患に関する情報は充実しており、中にはかなり専門的な内容のものもあります。
同クリニックの遠藤剛院長は、「もう医者にすべてを任せる時代ではありません。患者さんにも病気のことを勉強してもらい、自身の健康について理解を深めてもらいたい」とその理由を語ります。
確かに多くの医師にとって、診察時に患者との対話に割ける時間は限られており、患者側にすれば何を質問してよいのかわからないうちに診察が終わってしまうこともあります。
そこで、待ち時間を利用して病気や健康に関する知識を深め、考える時間を与えつつ、何か疑問があれば診察時に質問して欲しい、というのが遠藤院長の狙いなのです。
待合室にテレビがないのも、そんな遠藤院長の考えからです。
実際に「診察時に『待合室の掲示版に書いてあったような症状があるのだけれど…』といった相談を受け、検査をしてみたらガンが見つかった」(遠藤院長)という事例も何度か経験しており、具体的な成果にも結びついています。
もともと、「大病院ではできない、自分の好きな医療をしたい」というのが開業のきっかけだったという遠藤院長。そのキャッチフレーズは、「納得のいくわかりやすい医療」、「患者さんとの対話により重点をおいた医療」です。
充実した院内の掲示物は、患者さんと医師、あるいは患者さんと医療の距離をいかに縮めるかという視点から取り組まれているものなのです。
院内掲示は 職員教育の側面も
もちろん、これらの情報もやみくもに掲示しているわけではありません。一見、雑然と掲示されているように見える掲示物も、写真やイラストの入った分かりやすいものを選んだり、患者の目につきやすい場所には重要な情報を掲示するなどの工夫がなされています。
さらに外来患者の待合室では、一般的な健康や病気に関する情報、健診のお知らせなどがメインとなっているのに対し、主に入院患者がくつろぐ談話コーナーでは、胃・大腸疾患や肛門疾患に関するより専門的な医療情報が掲示されるとともに、書籍類も充実させるなど、入院患者と外来患者で伝えるべき情報の内容を変えています。
もうひとつ、新たな掲示物を作成する場合は、必ず職員とともにその内容について検討会を開くことも大きなポイントです。
「この内容はわかりにくいのではないか」、「この表現はこうした方が良いのではないか」といった職員からの意見も取り入れることで、掲示物の質が向上するととともに、全職員が その内容を理解・学習する機会を得られるわけです。
「患者さんから掲示物の内容を聞かれて、『私は事務なのでわかりません』では困ります。
そういった意味で、当院の院内掲示物には職員教育の意味もあるのです」 (遠藤院長)
患者をフォローする 健康相談会
とはいえ、これだけの配慮をしても、意図したとおりに関心を示してくれる患者さんばかりではありません。特に老人の場合は、医師への質問を遠慮したり、任せきりになったりするケースも少なくありません。
遠藤院長は、そんな患者への対策 として、2週間に一度「健康相談会」と称する患者勉強会とカウンセリングを兼ねた時間を設けています。
「診察の過程で『何か聞きたいことがあるのではないか』、『不安を抱えているのではないか』と感じた患者さんには相談会への参加を呼びかけ、ゆっくり時間をとって話を聞くよう にしています」。
健康相談会には毎回20人ほどの参加者があり、前半は参加者全員を対象に病気や検査の知識といった勉強会風の対話を、後半は希望者を対象に1人20分程度の個別カウンセリングを行います。
カウンセリングは自身の病気に関することだけでなく、個人的な悩みや家族の病気に関することまで応じており、もちろん無料です。
健康相談会にかける時間は毎回2時間〜3時間程度。
日々多忙な開業医師にとって、負担は決して軽くないはずですが、「月に1度でも ゆっくり話す機会があれば、患者さんの反応もずいぶん違ってきます」と、遠藤院長はその効果に手応えを感じています。
情報提供は患者からの答えが返ってきてこそ
とにかく「患者さんのためになる情報はどんどん提供していく」というフ ットワークの軽さが、えんどうクリニックの大きな魅力です。前述の取り組みのほかにも、広報誌「まごころ医院新聞」の発行、ホームページの開設など、次々と患者への情報提供を進めており、今後は新たな取り組みとして、病気や医療に関する本やビデオの貸し出しも行う予定です。
ただ、忘れてならないのは、これらの情報提供の基本は「患者さんの声を求めるもの」だということです。
「提供した情報に対して患者さんからの答えが返ってこなければ、情報提供の意味はありません。
例えば薬剤の副作用情報といったデリケートな問題でも、何かあったときにすぐ相談してくれる関係があれば、それほど大きな問題にはならないはずです」 (遠藤院長)
医療者にとっての「情報提供」は、ともすれば言葉だけが一人歩きをし、「伝えること」だけが目的になってしまいがちです。
遠藤院長の言葉は、 情報提供を通じたコミュニケーションを構築することこそが、情報提供の真の目的であることを示唆していると言えるでしょう。