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第十回(終回) 医師の使命

昼寝する 夢の中でも メス握り

 医師の身分とその業務の範囲などについては医師法に定められているとおりだ。
「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
」というのが、医師法第一条である。

 全国の医療現場に働く多くの医師たちは、日々、医師としての業務をこなすなかで、この医師法第一条の法文の奥の深さを実感している者も少なくないに違いない。
解釈にもよるが、間口の広さを実感することもしばしばである。
医師の使命の土台ともいえよう。
そしてそれが医師にとっての誇りでもあるし、人びとへの貢献という職能の意味でもある。

 ところが昨今、この医師の基本ともいえるマインドを揺るがせかねないような医療崩壊の危機が叫ばれている。
医師不足、診療科による医師数の偏在、国民医療費の負担増大、病院経営の悪化、医療の地域格差等々、これはもはや複合的危機と呼ぶにふさわしい深刻な状況だろう。
 その原因は医療体制や医学教育といった局面にもないわけではないが、多分にわが国の人口構成や経済環境などにおける構造変化による点が少なくないことは疑う余地もない。
さらに国民の医療に対する権利の要求や厳しい目も加わって、医療現場が萎縮している場合も多くなってきている。
その結果、意識せずとも医師法の解釈は矮小化され間口は狭まってしまうことになる。
これは健全な医療を推し進めていく上で多大な損失であることはいうまでもあるまい。

 こうなるとそのスケールにおいてもはや、医療界だけで改善、解決していくことには限界がある。
そこで政治、行政などの関係者各位には、ぜひとも奮起していただき、マクロ的見地から、医療インフラを整備してほしいものである。
しかもこれからはお得意の(?)縦割り行政による施策運営ではなく、縦横断的な思考回路をもって臨むための発想転換が必要になってくるだろう。

 とはいえ、インフラが整えられたからといって、あるいは医療技術や医薬品開発が進んだからといって、それだけで患者やその家族を満足させることになるかというと、そうはならない。
最終的には医療スタッフの倫理観と使命感に裏打ちされた医療を施されることによって、その結果に納得し満足するものだからである。
これに関して、とりわけ医師の役割と責任は重い。
医師たる者、このことを敷延して医師法第一条を考え、理解することが大事ではないだろうか。

 絶対的な不老不死はかなえられないのが生命の常とはいえ、人間は古今東西、医学、宗教、果ては哲学をもってこの課題解決に挑戦し続けてきた。
しかし依然、解決に至ってはいない。
それゆえ、人は「心身ともに健康で長生きする」をもって良しとし、諦念の境地に達する。
医師の使命とは、とどのつまり、人間のこうした切ない現実と真摯に向き合い、不幸にして心身の苦痛を抱え込んでしまった患者の境遇に付き添い、苦痛を和らげようと全身全霊を捧げることに違いないのだと思う。

 「昼寝する 夢の中でも メス握り」

 しかし、かく言う私自身、このことに関しては、日々、自問自答し葛藤し、悪戦苦闘していることを告白しておかなければなるまい。
富士山に例えるなら、私はやっと五合目にたどり着いたか着かないかぐらいではないかと思う。
それでも、そうすることで高い山を登るがごとくに業務にまい進しなければならないことは肝に銘じている。
そして案外、若いころに抱いた志そのものが医師の使命に通じるのではないかと、いまさらながらに秘かに思っている。