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第八回 メタボリックシンドローム

舌肥えた分だけ肥満になった腹

 「天高く馬肥ゆる秋」である。「味覚の秋」「実りの秋」でもある。
この時季に食卓をにぎわす豊かで新鮮な食材への関心は、食通を気取る諸兄ならずとも自然にわき上がってくる。
その結果、ついつい食事の量は過剰気味になってカロリーオーバーとなる。
これに酒でも加わると、もういけない。
まあ、おおかたの人は、目の前においしそうなものが並べられたら、「それを目で食べろ」といわれてもとても無理な注文というものだろう。

 そうでなくても飽食の時代といわれるだけあって、普段から食べ物がいつでもどこでも溢れかえっている。
本屋の棚の"一等地"には、人びとの飽くなき食への欲求を刺激するグルメ本や雑誌が平積みされている。
テレビでも食関連の番組が花盛りだ。
食べ物を絡ませた番組は安定した視聴率を稼げるというようなことを聞いたことがある。
食べ物さえ確保できれば、どこまでもエスカレートするわれわれの食への欲求は、もはや行き着くところまで来たかという感じさえする。

 その上、このごろは食材やメニューの豊富さに加えて、食に関する情報がどこからでも入ってくるので、いっぱしのグルメ気取りで食に関するうんちくを語る人が多い。
確かに、実際においしいものを食べる機会が増えたので、舌の肥えた人も"増殖"したに違いない。
肥満の人が増えるのが、こうした食を取り巻く環境の変化とパラレルな関係にあることは疑う余地もない。
肥満傾向になれば、健康リスクが大きくなることは当然だ。

 かくして、これが高じて脳卒中や心筋梗塞などの生活習慣病になりやすいとされるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の人たちも増え続けている。

 平成十八年の「国民健康・栄養調査」によれば、四十?七十四歳の中高年のうち、メタボが強く疑われる人の比率は男性二十四・四%、女性十二・一%で、予備軍と考えられる人の比率は男性二十七・一%、女性八・二%という結果で、なんと男性の二人に一人、女性の五人に一人がグレーからブラックゾーンにいることになる。

 こうした人たちが生活習慣病になって医療費が高騰しては大変ということで(それが本音でしょう)、ついには、今年四月から四十歳以上のすべての保険者を対象とした「特定健康診査」をスタートさせるなど、国策レベルでその対策に乗り出す始末だ。

 とくに、この「特定健康診査」は、これまでの健康健診と違って、「検査項目の追加」と「健康指導」が加わっている点が大きな違いだ。
検査項目の追加項目の一つに分かりやすい「腹囲」の計測が加わり、男性八十五センチ、女性九十センチという"危険水域"の数値が示されたものだから、ちまたでの関心もそれなりに高まり、たとえば居酒屋に中高年が集まると必ずといっていいほど話題になる。
それによってご当人が自覚し予防が促されるのなら、それはそれでよいことではある。

 しかし、そもそも体質や病気のせいで太ってしまうのなら致し方ないが、欲求に流されるままの自己管理のできない人まで国が面倒をみなければならないというのはいかがなものか。
ここにも国費のいくらかは使われるのだから…。
もっとも、こういう人たちが蔓延して生活習慣病が増えれば、いまこの国にとって最大級の課題の一つである医療費削減も対策の入り口部分でおぼつかなくなってしまう。
痛し痒しである。

 今やメタボリックシンドローム対策は、日本の基幹医療になった感すらある。
その原因のかなりな部分は、

 「舌肥えた分だけ肥満になった腹」

にあると言っても過言ではなかろう。