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大塚薬方4号


第三回 心の医療

聴診器心の音も聞いている

 新しい年が明けて間もないころ、ある病院を受診して処方せんを受け取った老婦人が、薬を処方してもらうために病院近くの調剤薬局に行ったときのこと。
処方薬を渡す薬剤師に「実は、そこの病院の先生に診察してもらっています。
でも、先生に話しづらいので話してないことでちょっと伺いたいのですが…」と前置きした上で、実際には医師の言う病状より重篤なのではないかと自分の症状を事細かに話し始め、加えて「もし入院ということにでもなれば、時期のことや経済的なことでとても困る」ということで相談したという。
なんでも二月に大学受験を控えた孫がいるのだという。

  薬剤師がこの老婦人に聞いてみると、一つには診察してもらっている医師には意見できそうもない雰囲気があって、なかなか心を開いて診察が受けられないのだという。
そこで服薬指導をしながら親しみを込めて話しかけてくれる薬剤師にこのような相談を持ちかけたというわけだ。
似たような話は、薬剤師ばかりでなく管理栄養士や療法士などいわゆるコメデイカル周辺でもあるようだ。

  患者というものは性格による強弱はあるが、その疾病に加えて精神面においても実にナーバスな状況にあって、診察結果に対する不安や恐怖感を抱いたり、あるいは聴診器や注射にさえ異常に緊張することがある。
しかも場合によってはこの老婦人のように、家庭の状態を考え家族に迷惑をかけたくないということから、自分自身の"痛いの痒いの"の症状を矯小化させて申告することもある。
患者が診察してくれる医師に対してそんなことはあるまいと思うのだが、意外にこういう患者は少なくないのだそうだ。
患者の心の中というものは実に複雑なものなのだ。

  以前に比べれば、医療機関が患者にとって開かれた身近になったといわれるが、それでもまだまだ敷居が高いという先入観が患者の側にある場合が少なくない。
とはいっても、医者が「患者を診る」にあたって、医師の職域からの"そもそも論"からいえば、はたしてそこまで考えた診察・診療が必要かということにもなる。

  だが、患者のこうした心理を払拭させ、患者の心を開き、患者自身に医療参加してもらうことが治療効果を高めることはいうまでもない。
とくにプライマリケアに関しては大切な要素といえるだろう。
「心の医療」の真髄はここに極まる。
となれば、医師はこのことを理解して診察・診療に臨まなくてはなるまい。

  患者の不安や緊張感を取り除くために(患者確保を一義的な目的にしているところもあるかもしれないが)、色、オブジェ、家具、絵画、BGM、緑化などさまざまな工夫を凝らしアメニティを追求する病医院は多くなった。
いいことである。
とはいえ、結局はスタッフの患者への接し方が患者にとってどれだけ心地良いかによって、こうしたアメニティの工夫も生きてくるし、一段と高次元のものとして評価されるに違いない。
とりわけ医師の姿勢が鍵となる。

「聴診器心の音も聞いている」

  聴診器は医師を象徴する医療道具の一つである。
医師が聴診器を患者の胸に当てるとき、どんな音が聞こえてくるだろうか。
脈音の乱れは、あるいは体の不調によるものだけではないかもしれない。
患者の病を取り巻くさまざまな"言うに言えぬ患者心理"もまた聞き取らなければならない。
つまりは、確かな観察眼をもって患者に真摯に対峙することこそが大切な診察・診療態度であると思う。
確かな診断と治療の実践はそのことから始まるのではないだろうか。